上野千鶴子の高校生時代の作文に、現役JKの私が思うこと

こんにちは、こふらです

私は高2女子で、昨年はカナダに1年間、留学していました。
現在は東京の私立高校に通っています。

留学から帰国後、
「日本の高校の授業ってつまんないな・・・やる意味あるのかな」
と、”知識を覚える”ことに偏った教育のあり方に疑問を持つようになりました

というのも、カナダでは「数学の公式は覚えなくて良い」など、知識よりも「考える力」に重点をおいた教育が行われていたからです

そうして考えた結果、「N高校に転校する」ことを決めました

そんな私に今日、母が上野千鶴子さんが高校時代に書いた作文が載っている、ニュース記事を勧めてくれました

「高校教育は学問ではない」上野千鶴子が17歳の時に訴えたこと 寄稿文を発見

https://dot.asahi.com/wa/2019101000046.html?page=1

AREAdot.

あまりに自分の考えていることと似ていて、何度も(それな!)と呟きながら読みました

今日は、上のニュース記事の

  • 内容まとめ
  • 自分が共感した点
  • コメントに寄せられた批判
  • 批判に対する自分の意見

という内容でお送りします!

上野千鶴子さんの作文の要約

それでは、上野千鶴子さんが、高校生(17歳)のときに書いた作文の内容をまとめていきます
※53年ほど前に書かれた作文です

高校教育の本質は“勉学”である

高校教育の本来の目的は、「勉学」を通じて、理性的な思考ができる人を育てることである

その意味で、もっとも大切にされるべきなのは授業で、クラブや委員会の活動はオマケである

高校教育は本質を見失っている

しかし、現在の高校では、もっとも大事にするべき授業が、端的に言って「つまらない」

そのため生徒たちは、授業よりも部活や委員会に青春を注ぎ、生きがいを感じている

なぜ、授業がつまらないのか?
それは、授業が「受験勉強」であり、断片的な知識をつめこんでいるだけだからだ。
受験勉強は、体系的な世界である「学問」とは程遠く、生徒の知的好奇心を満たすものでは全くない。

これでは、高校教育の本質を見失っており、合理的に物事を考えられる人間を育てられない。

なぜ生徒は受験勉強に耐えるのか?

それではなぜ生徒は、退屈でくだらない「受験勉強」をするのだろうか?

それは、「受験は、一流企業に入るために避けては通れない関門」だと自分に言い聞かせているからだ。
「一流企業に入る」という目的のおかげで、「単語や公式を覚える」という行為にも意味を見出せるのだ。

しかし、上野さんは受験勉強に対する目的意識を持つことができなかった。
上野さん自身は、学校に行くのは「学問をするため」であり、学問は「受験や就職のための手段」ではなく、「学問自体が目的」だと考えている。

だから、到底「学問」と呼ぶことができない受験勉強に耐えられないのだ。

なぜ高校教育は変わらないのか?

なぜ高校教育は、「純粋な学問」から掛け離れた「受験勉強」から脱却できないのだろうか?

直接的な原因は「大学入試」であるが、その背景には「学歴偏重社会」という現状がある。

根本的には、「社会が教育に求める役割は何なのか?」という、根深い問題があるのだ。

現役高校生の私が共感したポイント

この記事を読んで、私は「それな!まさに私が思っていることだ!!」と思いました。

具体的に共感したポイントをあげていきます。

授業がつまらない

授業がつまらないという点には、心から同意します

上野さんの言う通り、授業は「先生が教科書を読み上げているだけ」で、「知る喜び」を感じられません

「そもそも勉強ってつまらないものでしょ。」と思う方もいるかもしれませんが、学ぶことは本来とても楽しいものです。

しかし、勉強が楽しいのは「知りたい!」「理解したい!」という、積極的な学ぶ姿勢があった上で、知りたい欲求が満たされたときです。

自分から「知りたい」と思うことには限りがあるので、授業は「興味を持つきっかけ」を作る場所であるべきだと思います。
もともと関心がない話を淡々と語られても、全く興味が沸かないですよね。
そんな「受け身」の姿勢では、表面的な知識が身につくだけで、学ぶことの楽しさを味わえないと思います。

部活>>>授業

私にとって、学校に行く目的は「友人」と「部活」です
友人の多くは同じ部活の子なので、「学校に行く目的は部活である」と言っても過言ではないです

周りの生徒も、授業中は寝ているけど、部活は情熱をもって取り組んでいる人が多いです
それもそのはず、一方的に知識を押し付けられるだけの授業と異なり、部活は「自分の意思で、興味があることに」取り組んでいるからです。

私は翌月に部活を引退するため、もはや学校に行く意味がなくなるように感じます。
だから、学校をやめることにしました。

受験勉強に耐えられない

「知りたい!」と思ったことを自分で調べ、学ぶことは大好きですが、単に知識や解法を暗記するだけの受験勉強はつまらないです。

中学受験のときは「本当の学ぶ楽しみ」を知りませんでした。
「第一志望の中学に行く」という目的があったし、勉強自体は得意なので、それほど苦痛に感じませんでした。

しかし、大学受験については、この勉強は楽しくないと知ってしまったし、「就職のために良い大学に行く」というモチベーションも湧きません。

終身雇用は今となっては幻想。
これからは個人のスキルで活躍できる時代が来ます。
そんな中、会社に頼って生きていくのはあまりにも不安なので、私も自分のスキルを磨いて稼いでいこうと思っています。
(ブログを始めたのもその一貫です)

フリーランスを目指している私にとって、「良い大学に入って良い企業に就職する」ことは、受験勉強をする理由にはならないのです。

人間が何かの行為をするときは、次のいずれかの理由に当てはまるときだと思います。

  • その行為自体が楽しい
  • その行為に必要性がある
  • その行為が目的を達成するための手段である

私にとっての受験勉強は、このどれにも当てはまりません

コメントに寄せられた反対意見

私にとっては全面的に納得&共感できる内容でしたが、コメントには反対意見や批判も多くありました。
いくつか紹介し、コメントに対する私の意見も述べていきます。

高校教育は「学問」をするための基礎知識である

「高校教育は、大学に入って『学問』をするために必要な基礎知識である」

これは一理あるのかもしれません。
私は大学に行ったことがないので、正直わかりませんが・・・
現役大学生の方や大学を卒業した方で、この意見についてどう思われるか、コメントして頂けたら嬉しいです!

しかし、そもそも全員が学問をする必要はあるのでしょうか?
大学で学んだことも、社会に出て直接役立つことばかりではないと思います
高校で本格的な学問して、さらに極めたい人だけ大学に行く、というのではダメなんですかね。

受験勉強もしっかり取り組めば力になる

「受験勉強自体に意味があるのではなく、受験にしっかり取り組み、成果を出すという経験が大事なのだ」

この意見もちょくちょく耳にしますね。
受験で培われる力といえば、忍耐力、自制心でしょうか?

それらが身につくのは嘘ではないと思いますが、受験を通してしか身につけられないものなのでしょうか?
それらは本当に、社会人になったら必要なのでしょうか?
だとしても、高校のうちに身につけないといけないのでしょうか?
社会人になってからでは遅い?

日本の教育水準は高い方だ

どこの国と比べるかにもよると思いますが、

  • 学校に行ける子が少ない
  • 文字の読み書きができない

という国と比べたら、教育水準が高いと言えるのかもしれませんね。

これについては今度改めて、日本の教育を色々な角度から検証して記事にしようと思います

しかし、日本の教育水準が高いと仮定しても、高校教育が今のままで良い理由にはならないです。
教育レベルが劣っている国と比べて日本の教育を肯定するのではなく、「本当にこれで良いのか?」「さらに良くする方法はないか?」と考え続けなければならないと思います。

不満なら高校をやめればよかったのでは?

現代はインターネットのおかげで、学校に行かなくても成功するチャンスは沢山あります。
必要ならば、高校レベルの知識を習得するもの簡単です
(スタディサプリなどの安くて優秀なオンライン教材があります)

なので私は、今の高校からN高校(ネットの高校)に転校する、という選択ができるのです

しかし、53年前は、そんな恵まれた環境ではありませんでした

「女に学問必要ない」「女は家事と育児をしてれば良い」という時代で、学歴のない女性が社会で活躍することはほぼ不可能だったのではないでしょうか。

だから上野さんは、自身の能力を活かすために、つまらない受験勉強に耐えて、良い大学に入る道を選んだのだと思います

なので、「高校をやめればよかった」という批判は的外れだと思いますね。

まとめ:日本の教育は見直しが必要

日本の高校教育は、表面的な知識を詰め込むだけの受験勉強をする場に成り下がっており、理性的に考える力を育てるという目的を果たせていません。

むしろ、他人の言うことに従うことしかできない思考停止人間を量産しているようにも思います

上野さんが、50年以上前から問題提起をしていたことに驚き、とても感心しました(なんか上から目線ですみません・・・)

本当に日本という国を発展させていきたいなら、教育の見直しはマストだと思います

国家や企業に従順な奴隷的人材に育てたいなら、このままでいいと思いますけどね。
私は奴隷になるのは嫌ですが。

これから、教育についてもっと深く考えていこうと思います

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